漂泊の思い
2010年4月30日
私は、「不動産営業」という職業を26歳の時に始めたが、今日は「不動産営業」というものについて、私なりに長きに渡って温めてきた考えを述べることとしたい。
19歳の時に読んだ、目崎徳衛という人の著書『漂泊』をヒントにしている。この著書は「営業論」を説いているわけではないのだが、どうも「営業論」に相通ずる気がしてならない。
目崎氏曰く、
「漂泊の思いは、たしかに営々と地を這う者のみの所有である。それは、明晰な論理、透徹した理念、天与の霊性などにも、また強靱な意志、大胆な行動力などにも、一切縁がない。云々」
「漂泊の思い」とは、ご存じ松尾芭蕉の『奥の細道』の冒頭を意識している。
「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして旅をすみかとす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂白の思ひやまず・・・」
「百代の過客」とは、永遠にとどまることのない旅人のこと。中国の漂泊詩人、李白の「天地者万物之逆旅、光陰者百代之過客」を引用している。月日は永遠に旅を続ける旅人のようなものであって、過ぎ去っては、また新しくやって来る年もまた旅人のようなもの・・・。
目崎氏は、
「何処から何処へ、ということは、人生の根本問題である。我々は何処から来たのであるか、そして何処へ行くのであるか。これがつねに人生の根本的な謎である。そうである限り、人生が旅のごとく感じられることは我々の人生感情として変わることがないであろう。(中略)人生は未知のものへの漂泊である。」という三木清の言葉を引きながら、
「何処から何処へ」とも見定めえない、はかない生の底には、暗い深淵がのぞいている、という。
私は、どうも、この「漂泊の思い」ってヤツが「不動産営業」には不可欠なものであるような気がしてならない。下を覗き込むと、暗くて深い淵がある。不動産営業マンは、みな、この淵の怖さを知っている。
「漂泊の思いは、営々と地を這う者のみの所有」なのである。
「営々と」は、せっせと励む様子をいう。いつでもどこでも「契約」という目的に向かって、せっせと励んで、地を這う者こそが真の営業マンなのである。
芭蕉曰く、「終に無能無才にして此の一筋につながる」であって、明晰な論理も天与の霊性も一切不要。ただただ営々と地を這い続けるのみ。
地を這い続けていると、智恵も勇気も湧いてくる。人生において一度あるかないかの高い買い物である「家」探しのお手伝い。真っ白なキャンバスに営業マン独自の絵を描いていく。
私、「不動産営業」には、文学的というか芸術的センス、つまり、無から有を生ずる「独創力」も必要だと思う。
だから、「営業」というものをあれこれ教え込むことは無理なのである。但し、ちょっとしたアドバイスをスポンジのように吸収して、自分のモノにしていく営業マンはいる。かと思えば、口でいくらああだこうだと言っても、ぬかに釘で一向に「暗くて深い淵」から抜け出せない営業マンもいる。
なんか、とりとめなきままに進んでしまったが、私が言いたいのは、結論的にはこう。
漂泊の思いを馳せながら、自身の独創力を武器に、営々と地を這う、そんな不動産営業マンは見ていて、たいへんすがすがしい、ということである...。
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