宝塚市不動産専門(新築一戸建て・新築分譲)「タカラコスモス」

部長のブログ

大リーグボール養成ギプス

[ ジャンル: ]

2011年2月11日

 思いこんだら 試練の道を
 行くが男の ど根性
 真赤に燃える 王者のしるし
 巨人の星を つかむまで
 血の汗流せ 涙をふくな
 行け行け飛雄馬 どんと行け

 ~ ~ ~

 これ、アニメ『巨人の星』でOP、EDに唄われた『ゆけゆけ飛雄馬』。年齢層にもよるが、ご存じの方は多いと思う。私も、子どもの頃は何度も何度も視聴したような気がする。

大リーグボール養成ギプス.jpg
 星飛雄馬と父の一徹が雪の中で走るシーンや夕陽を背にうさぎ跳びをするシーン、それを木の陰から見守る姉の明子などは今でも鮮明に記憶に残っている。

 マンガ『巨人の星』の原作者は梶原一騎で、作画は川崎のぼる。私、梶原一騎の作品について書くのは、これで3度目だ。『侍ジャイアンツ』と最近話題になった『タイガーマスク』もこの人が作者である。

 マンガ本では、昭和33年の春、長嶋茂雄の巨人入団発表のパーティー会場から話は始まる。そこで、子どもの飛雄馬が悔しさゆえに長嶋に向かって魔送球を投げつける。魔送球とは、星一徹が編み出した送球術。サードからファーストに送球する際、ボールが一旦、ランナーの前に行ってからファーストのグラブに向かうというもの。ボールに驚いたランナーは立ち止まってしまい、アウトになるのである。

 ピッチャーならビンボールに当たるような魔の送球。これのためにジャイアンツの天才サードと呼ばれた星一徹はジャイアンツ退団を決意する。王者の栄光と名誉、そして伝統を重んずるジャイアンツにはあるまじき送球術だと、川上哲治に忠告されたからである。

 そして、一徹は、わが子飛雄馬が「巨人の星」をつかむまで、鬼となってスパルタ教育を施す。いつしか飛雄馬は10才にして魔送球を投げられるまでになっていたのである。
 スパルタの一つが、「大リーグボール養成ギプス」である。画像のように、上半身にエキスパンダーを付ける。字を書くこと、箸の上げ下げだって容易ではない。

 そうそう、これも懐かしい。家の壁にボールが一つ通るくらいの穴を開け、飛雄馬が家の中からボールを投げ、外にある木に当たってから、跳ね返ったボールをまた家の中でキャッチする場面。

 ボールがきれいに一文字を描くがごとく、真っ直ぐに行ったり来たり。そんなアホな!絶対ムリ!でも、マンガなのだから仕方がない。

 おもしろいのは、その様子を家の外で見ていた川上哲治が棒キレで打ち返すところ。飛雄馬が穴を通して投げた球を川上哲治が棒で打ち、穴を通過させて家の中へ。それを、それまで飲んだくれて寝ていた星一徹が自分に向かってきた球を素早くキャッチして送球動作をするのである。飛雄馬に対してしくじりをなじる一徹に、飛雄馬は誰かが外で打ち返してきた、という。一徹は、そんな芸当ができるのは日本でただ一人、川上哲治しかいないと言って飛雄馬の言い訳を信用しないのである。

 最後に、You Tubeから『ゆけゆけ飛雄馬』をお送りしたい。
http://www.youtube.com/watch?v=-z-yp7iFeNE&feature=related→→→クリックすると、歌が流れます。お仕事中の方、音を出すべきでない場所におられる方はご注意下さい。

 子どもの頃、うさぎ跳びや腕立て伏せなど苦しい練習のときは、こう口ずさんだものである。

 ♪♪ 思いこんだら 試練の道を 行くが男の ど根性 ♪♪
   

 
 

コメント

※投稿いただきましたコメントは、内容確認後表示されます。
タグクラウド
プロフィール
(株)タカラコスモス部長
古澤陽一
昭和41年11月、大阪市大正区で3姉弟の末っ子長男として生まれる。大阪市大正区の市立小・中学校を卒業。中学時代は『金八先生』が流行った校内暴力全盛時。
大阪府立大手前高校では、硬式野球部に所属。後、京都に憧れ、立命館大学法学部に学ぶ。ゼミでは、「クレジット・サラ金問題」を専攻。
卒業後、大阪市北区西天満の吉澤司法書士事務所に入所。3年間の勤務の後、株式会社タカラコスモスに入社、現在に至る。
ジャンル
  • RSSリーダーのご利用で、このブログの更新情報をいち早く入手できます。
  • RSSを登録する