十九、初めの第一歩
"アニキ、やりましたなあ。こんなもんで、住所がわかるんでんなあ。"
Aの戸籍付票をマジマジと見ながら、英二が言った。
"え~と、現在の住所がと、広島でんな。それで、前が福岡で、その前が名古屋か。その前が東京でと、それから、大阪の横山区にも住んでたんでんな。最後が橋本区や。"
英二は縦書きの文字を見つめながら、Aの現在と過去の所在を口にした。
"ということは、アニキ。アニキの言うてた通りでんがな。大阪→東京→名古屋→福岡→広島や。大阪出身のAは先ず大阪勤務。そして夢の大東京に、名古屋。これで三大都市圏制覇や。あとは、10都市のどこかやと言うてはったけど、福岡も広島も入ってましたがな。さすがにアニキ、読みが深いでんなあ。"
"まあ、何はともあれ、初めの第一歩や。わしも100%の確率で取れるとは思てなかったけどな。でも、Aの人間像が垣間見えたときに思たんや、これはいけそうやと。
コイツはおそらく本籍を移さんヤツやろう。本籍を別のところに移すことを「転籍」て言うんやけどな、たいていの人間はやたらめったら転籍なんかせえへん。でも、転勤族なんかは、引っ越すごとに住んでるところに転籍していくという可能性もある。そやけど、親子3人で暮らした場所を本籍地のまま残しておきたい、というように考えるヤツやと思たんや。Aは先に母親を亡くして、就職前に父親も亡くして、一時天涯孤独になったわけやからな。"
"しかし、アニキのプロファイリングにかかったら、何でもイチコロでんなあ、ほんま。"
池田の説明を聞いて、ほとほと感心する英二であった。そんな英二をさらに驚かせたのが次の話であった。
"なあ、英二よお。これからの話は頭の体操や。でも、おまえも地面師を志すんやったら、よう頭の中にたたき込んどけや。"
そう言って、池田は話を続けたのである。
"先ず、出発点に遡ってみよやないか。わしらにはパクろうとしてる堺の土地の謄本しかAの情報はなかった。そこに記載されてる情報だけが頼りやった。
見てみい、この謄本。Aがおって、その前がAの父親や。そして、その前がAの父親が土地を買うたときの売主や。Aの欄には、原因として平成○○年○○月○○日相続と書いてある。ということは、この日に父親が亡くなったわけや。そんで、所有者としてAの住所と氏名が記載されとる。Aの生年月日まではわからんわけや。
この住所のとこに行ったらAの表札はなかった。ということは、どこかに引っ越したっちゅうこっちゃ。それで、あの男に近所への聞き込みをさせたら、いろいろな情報が得られたわけや。この情報が大いに役立ったでえ。そうは思わんか、英二。"
英二は池田にそう聞かれて、ゴクリとつばを飲み込んだ。まだまだ続くおとぎ話を聞き入る子どものように。
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2011年3月31日
十八、エキストラへの演技指導
橋本区役所に行く前の晩、「捨て駒1号」は池田からAの捜索の仕方〈その2〉を伝授されていた。
"わし、カネ貸してたAのヤツ相手に裁判起こそうと思とんのやけど、あんた、わしの代わりに橋本区役所へ行って、Aの住民票取ってきてくれへんか。
いや、わしが行ってもええんやが、ちょっと普通の取り方と違うから、わしみたいな風体(ふうてい)では、胡散臭いと思われて出してくれへんかもしれんねや。なあに、難しいことでもあれへんし、何も悪いことしてるわけやない。カネを返せへんヤツが悪いんや。報酬はそれなりにはずむよって。"
そう言って、池田は「1号」に指導をし始めた。
"先ず、この申請書でAの住民票を請求してほしい。必要事項は全て書き込んである。ヘタにニセの委任状なんか作って請求して、もし住民登録がなかったら怪しまれてアウトや。役所も貝を閉じてしまいよる。だから、真っ向勝負で訴訟を起こす目的で請求するんや。ちゃんとそのための準備をしてるんやと、ここにある「訴状」も提出するんや。
おそらくは、窓口の人間は奥にいる上司に相談するやろ。それで、弁護士に頼まんと自分の力で裁判するつもりかくらいのことは聞いてきよるかもしれんなあ。それに、ひょっとしたらあんたの身分証明書のコピーを取らせてくれと言いよるかもしれん。なあに、わしもほんまに裁判するつもりや。何の心配もあらへん。ただ、役所に提出する訴状にはあんたの名前を書いとかんと、つじつまが合わへんから、あんたの名前にしとくだけや。
それで、わしの勘では住民票は取られへんと思とる。て言うのも、前に調べてもろた通り、Aのヤツはあそこには住んどらんからや。それでな、住民登録がないときは、住民票の除票を請求してほしいんや。それも出えへんて言われたら、というより、それもおそらくは出えへんのとちゃうかと思とる。除票は、5年くらいしか記録を残せへんから、出えへん可能性は結構高いんや。
でな、ここからが勝負どころや。お次は、これで申請してほしい。戸籍謄抄本等申請書って書いてあるけど、ここに書いての通り、戸籍付票の申請や。戸籍付票いうんは、その人間の本籍地管轄の役所が、その人間の住所の履歴を把握しとんのやけど、その履歴書みたいなもんや。そいつの現住所がそれでわかるんや。
まあ、役所に突っ込まれて答えられへんと怪しまれるから、予備知識として説明しとくわな。住所はここに「橋本区特別町1丁目24番8号」と書いてあるやろ。で、戸籍付票の請求には本籍地を「1丁目24番」と書いとる。住所の方は住居表示や。本籍地は建物やなく、土地の地番で表すもんやから、「24番」で止めてるんや。実際の地番とは違うことの方が多いけど、まあそんなことはあんたには難しいかもしれんな。そんな質問も役所の担当はせんやろから、まあ聞き流してええわ。
まあ、あんたは今言うた通りの段取りで、ここにある書類を提出してくれるだけでええ。おそらく、戸籍付票を出してくれるやろから。"
そう説明し終わると、池田は「1号」にこう訊いた。
"はい、橋本区役所の住民課に行きました。あと、どうしたらええ?"
そう言って、「1号」におさらいをさせたのである。念のため、自分が役所の人間の役をして、いろいろと「1号」に質問してみた。最初はぎこちなかったが、演出家池田の指導よろしきを得て、3回目くらいからはエキストラとして、池田の信頼を得られるほどの演技者に成長した「1号」であった。
かくして、翌日に橋本区役所に乗り込んだ「1号」はみごと、Aの戸籍付票を入手したのであった。
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※明日は水曜日で定休日。よって、「部長のブログ」もお休みを頂きます。この続きは、3/31(木)でね...。
2011年3月29日
十七、交付されたAの戸籍付票
"ところで、生年月日の欄が空白ですが、生年月日はおわかりではないのですか?"
課長が問うと、男が言った。
"ええ、住所と氏名はわかるのですが、生年月日まではわかりません。"
申請者の身分証明書の写しは徴求したことだし、まあそれくらいは大目に見てやろうかと判断した課長は、係の女性に住民票の交付を承諾すると、元の席へと戻って行った。
"ああ、そうそう。記載した住所に、現在住民登録がないときは、住民票の除票をお願いします。その住所に住民登録があったことは確実なので・・・。"
男は女性にそうお願いすると、女性は上司のOKをもらっていることだし、そのことについては、何ら訝る(いぶかる)様子を見せずに快諾した。
"では、しばらく向こうの席でお待ち下さい。できたら、お呼びしますので。"
待つこと3分、男は係の女性に呼ばれた。
"え~と、現在、この住所には住民登録もなければ、除票も出ませんねえ。"
そう言うと、女性はやや怪訝(けげん)そうなまなざしで男を見た。
"いや、そんな。橋本区特別町1-24-8に住所があったことは確かなんですが・・・。"
抗議するような男の発言に、係の女性がこう言った。
"いつ頃転居されたか、ご存じですか?橋本区から転居されたのが、6年以上前だと除票は出ません。当区でもどこでも、基本的には5年間しか記録を残しませんから。"
"では、これで戸籍の付票を申請します。"
男はそう言って、「戸籍謄抄本等交付申請書」を女性に差し出したのである。本籍地欄には、「橋本区特別町1丁目24番」と記載してある。「1丁目24番8号」ではなく、「1丁目24番」で、8号がない。
段取りのよい人だと思ったのであろうか、女性はポカンと口を開けながら、申請書を受け取った。そして、また男に一旦、席にかけることを指示した。
「ここだな。あの人が言っていた勝負どころは。」そう考えながら、男は「ある男」のことを思い浮かべていた。黒いサングラス、黒いスーツに身を包む男、地面師池田のことである。
「そういえば、あの人はいつも黒いサングラスをかけているが、眼が悪いのかな?」
そう考えているうちに、係の女性が男を呼んだ。
"戸籍の付票1通で、500円になります。あ、Aさんの家族は入ってませんよ。Aさんのみですけど、よろしいですよね。"
男は全てが「あの人」の言った通りになったことを不思議に思うとともに感心しながら手数料を支払うと、Aの戸籍付票を受け取った。
この「男」、地面師が雇い入れた、例の「捨て駒1号」である。昨日のこと、英二に呼び出された「捨て駒1号」は池田からAの戸籍付票取得の依頼と演技指導を受けていた。そして、みごとにエキストラの役を演じきったのである。
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2011年3月28日
このシリーズ、ずいぶん久しぶりのような気が。初めてご覧になる方は、ぜひ【パート1】から通読して頂きたい。
では、今日のお話を始めよう。
十六、橋本区役所への出頭
長いすには大勢の人が座っていた。自分の順番を待っているのである。
ここは、大阪市橋本区役所の住民課である。みな、住民票や印鑑証明書、戸籍謄本などを取りにやってきているのだ。運転免許の申請、年金手続、相続手続、パスポート申請、登記など、その目的はいろいろだろう。そういう意味では、十人十色の人生模様を感じる場であるのかもしれない。
そんな場所に、自分の人生とは全く関係のない目的でやってきたひとりの男がいた。
普通なら、申請書を提出するだけだから、ものの5秒で申請は終了し、あとは待つばかりとなるのだが、この男の場合はそう簡単ではなかった。申請自体に10分ほどを要したであろうか。やっとのことで、待ちのいすに座れたのである。
申請したときの様子は、こうであった。
"どうぞ。"
係の女性の呼びかけに男は申請書を提出した。
"え~と、委任状はお持ちですか?"
係の女性の質問に、男はこう答えた。
"いや、委任状はありません。でも、これがあります。"
男はそう言って、A4サイズの紙2枚を女性に手渡した。
"訴状ですか。え~と、ちょっとお待ち願えますか。"
女性はそう言い残すと、奥の方に座っている男性のところへと駆け寄った。おそらくはこの男性、ここの課長に当たるような存在なのだろう。女性は書類をその男性に見せながら、何やら話をしている。そして、課長と覚しき男性を伴って、係の女性が男のいる窓口へと戻ってきた。「課長」の方が口を開いた。
"裁判目的のようですが、弁護士に頼まずに、ご自分で訴訟を起こすお積もりですか?"
"ええ、そうですよ。"
男は何食わぬ顔でそう答えた。
すると、課長はちょっと困ったような顔をしながら、男に対してこう要求したのである。
"まことに恐れ入りますが、珍しいケースなので、身分証明書のご提示とその写しを頂戴してよろしいでしょうか?"
"ええ、どうぞどうぞ。"
そう言うと、男はすぐさま運転免許証を課長に差し出した。
今でこそ、役所で住民票などの交付を申請する際には本人確認のため、身分証明書の提示を要求されるのは当たり前のようになっている。が、それは3,4年前からのこと。それまでは、本人申請はもちろん、代理申請でも委任状さえあれば、窓口に出頭した者が身分証明書を要求されることなどはなかったのである。
男が区役所にやってきたのは、身分証明書の提示を要求されなかった時代のことではあるが、事なかれ主義のお役所勤めの性(さが)で、課長はそれを要求したのである。
しかし、思えば不用心なことであった。住所、氏名、生年月日さえわかれば、本人になりすましたり、適当に三文判を買いニセの委任状を作って、誰でも他人の住民票が取れたのだから。形式さえ整っていればよい、これまでと同様であればよい、そんな中身の薄い発想であったのだろう。そんな時代であったにもかかわらず、課長が男に身分証明書の要求をしたことは、逆に保身を考えたのだと思えてしまうのである。
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2011年3月27日
昨夜仕事を終えて帰宅すると、テーブルの上には、わが長男の通知表が。ついこの間、ピッカピカの1年生入学であったような感覚だが、もう一年近くが経過したのか。思えば、入学したての頃よりは、心身ともにだいぶんと成長したものである。
1年生修了証とともに、さまざまな項目での評価がなされている。といっても、小学1年のこと。おまけのような高評価だ。ただ一つ、「もう少しがんばってください」に○が。先生や友だちの話がよく聞けているかという項目。思わず苦笑した。人の話に耳貸さず、わが道を行くところは、どうも父親に似たようだ。
2011年3月26日
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泪橋(なみだばし)といえば、人によってその思うところが異なるかもしれないが、やはり大多数の方によって思い浮かべられるのが、これだろう。マンガ『あしたのジョー』の泪橋。
2011年3月20日
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「1.17」と「3.11」、多くの人々の記憶に刻まれた数字である。
阪神・淡路大震災の発生は、1995年(平成7年)1月17日午前5時46分。当初、気象庁は「兵庫県南部地震」と命名したが、後に政府は「阪神・淡路大震災」と呼称した。
今回の大地震は、2011年(平成23年)3月11日午後2時46分に発生。おそらくは、気象庁のネーミングであろうが、「東北地方太平洋沖地震」と呼ばれ、後に各マスメディアによっていろいろな呼び名が付けられている。「東北関東大震災」「東日本大震災」「東北・関東大地震」「東日本巨大地震」「東日本大地震」「3.11大震災」などで、その規模の大きさと範囲の広さを感じさせる。そのうちに、復旧及び復興のための施策として統一名が政府によって発表されることだろう。
どちらも、奇しくも46分に発生していることが共通している。
2011年3月19日
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