つれづれなるままに 【その3】 (2)
[ ジャンル:文学 ]
2011年9月 2日
今日は、昨日の『つれづれなるままに【その3】(1)』からの続き。
作家の武者小路実篤が著した『徒然草私感』は、この段をこう評している。
戦争中に偶然『徒然草』を見ていた時、この段を見、僕は大いに感心した。当時の日本のやり方は勝つことばかり考えて、かえって早く負ける方法ばかりとっているように見えた。さすがに上手と言われる人の心がけはちがっていると思った。そして、この言葉の真の意味を知って感心している作者もなかなか頭のいい男だと思った。いったいに多くの日本人は、早く勝つことばかり考えたがる。性急の僕にも、その傾向はなかなか強い、それだけこの双六の上手の言葉は、さすがにその方ではよく人間同士の勝負の呼吸をのみこんでいると思う。
もちろん、人生は即勝負ではない。勝負事のあまり好きでない、人生は勝負だとは思っていない僕だから、日本が負けそうになった時読んだので、なお感心したので、そんな時でなかったら、それほど感心しなかったかも知れない。しかし、この世にはいろいろの形で勝ち負けはある。この世の生存者は、ある意味で勝負に勝った人だとも言える。生存競争は当分なくなるものでもないし、勝負事に人間は夢中になる本能も当分なくなりそうもないから、この言葉は、この世に生きるのには何かの参考になると思う。 以 上
確かにわれわれの人生に参考になるようだ。
「 勝たむと打つべからず。負けじと打つべきなり。 」
オフェンスとディフェンスがある点取りゲームは、基本的に点を取られさえしなければ、引き分けこそあれ、負けはしない。ディフェンスがいかに大切かがわかる。
スポーツやゲームに限らず、ビジネスや投資もまた、しかりである。いきおい、凡人は儲かることだけを考えてしまう。得だけでなく、損しないこと、損を最小限にとどめることをを考えることが肝要なのである。
「 一目なりともおそく負くべき手につくべし。 」
どうせ負けるにしても、あっさりと負けないことが次につながる。また、相手の油断を誘えるかもしれない。
なお、どうしても負けだと感じた場合は、再起不能なまでに完敗する前に負けを認めることも大事なことだと、私は思う。流れが好転するのを待てるのも、生きていればこそである。
" 待てば海路の日和あり "...。
以上、一日では分量が多くなりすぎたので、【 その3 】は(1)と(2)に分離して二日間での掲載とした。このシリーズの次回は、また折を見て...。
- コメント


