「プラザ合意」と「エクイティ・ファイナンス」と「土地神話」 【パート5】
[ ジャンル:政治・経済 ]
2012年3月11日
今日は【パート1】 【パート2】 【パート3】 【パート4】 からの続き。
前置きに時間を要したが、いよいよ本題。エクイティ・ファイナンスとバブル経済はどう関係したのかを。
先ずは、断片的だが日経平均株価の推移を見てみよう。
今年の直近、3月9日はと言うと、1万円を回復する場面が一時的にはあったが、終値は9,929円だ。
プラザ合意があったのが1985年9月22日。翌1986年1月が12,000円台。その8月には19,000円近くとなり、そして1987年10月には26,000円台となった。その時に「ブラック・マンデー」があって、一時的には急落したものの、1988年に3万円台となり、1989年12月には38,916円の最高値を付けたのである。
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円売りドル買いで4兆円規模のビッグマネーが世に出たことは【パート2】で書いたが、そのことに加えて当時は民営化ラッシュの時代。特にNTT株がフィーバーしたことも手伝って、猫も杓子も財務テクノロジー(財テク)をもてはやす世となった。
ここにおいて、企業行動も激変したのである。企業はこぞってエクイティ・ファイナンスに明け暮れた。資金を調達しては株式投資に走り、相場全体が騰勢を強めるものだから、またエクイティ・ファイナンスでカネを集める。そして、また財テクだ。カネは次々に株から株へと流れるんだから、そりゃ、高騰して株式バブルが発生するのは当たり前。
思えば当時、増資のための新株発行、転換社債やワラント債を起債する旨の公告が、新聞紙面をにぎわせていたのが記憶に残る。私も学生時代、朝日新聞の土曜夕刊の特集「ウィークエンド経済」は通学途中の阪急電車でよく読んだものである。
記事内容は今みたいに冷静で、消極的、悲観的ではなかったような気が。今は株価の推移や動向を客観的に考察するような記事が主流だが、あの当時はズバリ、どうしたらもっと儲けられるか的な話が大勢を占めていたような記憶である。
株は永遠に上昇するもの。そう信じて疑わぬ時代だったのである。
ところで、画像にあるNTTの株券。これ、私、学生時代に何枚も手にしたことがある。
「えっ、学生の時に1枚200~300万円もしたNTTの株券を持ってたの?」
「はい、持ってましたよ。」と言いたいところだが、残念ながら・・・。
私、学生時代はいろいろなアルバイトをした経験があるが、株券の名義書換えのバイトもその一つ。大阪証券代行(株)〈現、(株)だいこう証券ビジネス〉という会社が大学生限定でアルバイトを募集。株式名義書換代理人業務はそのシェアのほとんどを信託銀行が占めるが、当時ここは老舗の会社。行くと、40人近くの大学生が一室に。あらゆる株券の名義を次々に書き換えていく。俗に言う「裏書き」だ。新名義人の住所・氏名を記入、それに誤記がないか別の者がチェック、さらに別の者が再チェック。一字たりとも書き間違いを許されぬ仕事だから、「目」を3回変えてするのである。
NTTの株券もよく回ってきた。初代代表取締役真藤恒(しんとう ひさし)の文字が懐かしい。裏を見ると、第1番目の名義人は、目にした全部が当時の大蔵大臣。竹下登か宮澤喜一だったかな。というのも、民営化当時に政府(名義人は大蔵大臣)が53%近くを保有していたから。
まあ、最後はほんの余談として。
これで、「プラザ合意」と「エクイティ・ファイナンス」までが終了。残るは「土地神話」。でも、キリよく、今日のところはこれで止(よ)す。続きは、明日のことに...。
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