イソップ物語 【パート3】 〈後編〉
[ ジャンル:文学 ]
2012年7月13日
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今日は、昨日の【パート3】〈前編〉からの続き。
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木こりは木を切るのが商売だ。金、銀、鉄を比べるに、切れ味鋭いのは、もちろん鉄。職業的プロ意識があれば、当然に鉄を選択するわけだ。目の前の金、銀に目がくらむことなく、長期的展望によって、使い慣れた鉄の斧の所有権を主張した。そのプロ意識の高さに、神さまはご褒美を授けられたのである。
ウソつきの汚名をかぶった木こりの、要領の悪さといったら救いようがない。いきなり、金の斧に飛びつくとは。ラッキーな木こりは、金と銀の斧を得ていたわけだから、金が出た途端にそれが自分のモノだと主張すると、銀の斧をも手にする理由が成り立たないではないか。ここのところは、ひとまず「ノー」で、神さまの次の行動を待つべきであったのだ。ここは、「見(けん)」が正解。
「見」ができぬ、要領の悪いヤツはダメ。それに、ラッキーな木こりから事のいきさつをよく聞き取った上で、用意周到にして事に望むべきであった。綿密な情報収集を怠ったのは、いかにもまずかった。自ら墓穴を掘るべくして、掘っているのだ。
ところで、イソップは、もと奴隷であった。しかしながら、奮励努力の末に自由民となった。奴隷の解放とは、通常では考えられぬことである。そのプロセスを考えるに、そこには並々ならぬ要領の良さ、気転の利き、機知の富みがあったと推察される。
以上、私の考えを述べてみた。
小学校では、ちょっと教えられないかな...。
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