宝塚市不動産専門(新築一戸建て・新築分譲)「タカラコスモス」

部長のブログ

高瀬舟 【後編】

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2013年10月18日

 今日は、昨日の『高瀬舟【前編】』からの続き。

 「 『わたくしには婆あさんがどれだけの事を見たのだかわかりませんでしたが、婆あさんはあっと言ったきり、表口をあけ放しにして置いて駆け出してしまいました。わたくしは剃刀を抜く時、手早く抜こう、真直ぐに抜こうというだけの用心はいたしましたが、どうも抜いた時の手応えは、今まで切れていなかった所を切ったように思われました。刃が外の方へ向いていましたから、外の方が切れたのでございましょう。わたくしは剃刀を握っったまま、婆あさんの這入って来て又駆け出して行ったのを、ぼんやりして見ておりました。婆あさんが行ってしまってから、気が附いて弟を見ますと、弟はもう息が切れておりました。創口からは大そうな血が出ておりました。それから年寄衆がお出になって、役場へ連れて行かれますまで、わたくしは剃刀を傍に置いて、目を半分あいたまま死んでいる弟の顏を見詰めていたのでございます。』
 ~  ~  ~
 庄兵衞はその場の樣子を目のあたり見るような思いをして聞いていたが、これが果して弟殺しというものだろうか、人殺しというものだろうかという疑が、話を半分聞いた時から起って来て、聞いてしまっても、その疑を解くことが出来なかった。弟は剃刀を抜いてくれたら死なれるだろうから、抜いてくれと言った。それを抜いて遣って死なせたのだ、殺したのだとは言われる。しかしそのままにして置いても、どうせ死ななくてはならぬ弟であったらしい。それが早く死にたいと言ったのは、苦しさに耐えなかったからである。喜助はその苦を見ているに忍びなかつた。苦から救ってやろうと思って命を絶った。それが罪であろうか。殺したのは罪に相違ない。しかしそれが苦から救うためであったと思うと、そこに疑が生じて、どうしても解けぬのである。」

 小説『高瀬舟』のもう一つのテーマは、オイタナジー(Euthanasie)だ。つまり、安楽死である。

 兄・喜助は、弟の苦しみを見るに忍びなかった。はじめは医者を呼びに行こうとしたが、弟のたっての願いを聞き入れて、カミソリの刃をのど笛から抜いてやったのだ。その行為によって、弟の死期が早まったのには違いない。けれど、果たしてそれが人を殺める罪に当たるのか。

 ちなみに、現代の刑法における犯罪成立要件は、次の3つ。構成要件該当性、違法性、有責性だ。喜助の行為は殺人罪の構成要件に該当し、違法性もあると言える。なぜなら、正当防衛でもなく、死刑執行のように職務権限が認められた行為でもないからだ。が、3つめの有責性には疑問符がつく。

 「責任なければ刑罰なし」という原則を責任主義というが、文明社会の刑法はこの原則に従っている。要は、非難に値するかを問題にする。例えば、制限速度で車を運転中に、いきなり飛び込み自殺を図った人をはねて死に至らしめた場合に、その運転者を非難できるだろうか。もちろん、誰も非難しないだろうから、有責性が欠けて犯罪は成立しない。法は、あくまで無理・不可能なことを要求はしないのだ。

 京都町奉行所のお奉行様は、喜助を殺人の罪だと判じた。奉行所の同心である庄兵衛は権威(オーソリティー)に従うほかはない。が、どうも腑に落ちないのだ。だから、庄兵衛はお奉行様の考えを聞いてみたくなったのである。

 『高瀬舟』を読んだことがない方のために、全文を掲載したサイトをリンクで貼り付けておく。ぜひ一度、通読して頂きたい。秋の夜長とはいえ、短編だからすぐ読めてしまうので。

 クリック →→→ http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/691_15352.html


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 な~んか、高瀬川流れる木屋町、みそそぎ川流れる先斗町あたりに無性に繰り出したくなってきたね。森鴎外は、実際にこの地を訪れたのだろうか?...。

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プロフィール
(株)タカラコスモス部長
古澤陽一
昭和41年11月、大阪市大正区で3姉弟の末っ子長男として生まれる。大阪市大正区の市立小・中学校を卒業。中学時代は『金八先生』が流行った校内暴力全盛時。
大阪府立大手前高校では、硬式野球部に所属。後、京都に憧れ、立命館大学法学部に学ぶ。ゼミでは、「クレジット・サラ金問題」を専攻。
卒業後、大阪市北区西天満の吉澤司法書士事務所に入所。3年間の勤務の後、株式会社タカラコスモスに入社、現在に至る。
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