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四六、印鑑証明書の原本還付と連件申請
"アニキ、買うてきましたで。"
"よっしゃ、あとは仕上げや。"
そう言うと、池田は印鑑を押し始めた。Aのものは広島で登録した印鑑。これが、ただ今Aの実印になっている。委任状2枚に捨て印を含め、ポンポンポンポンと4カ所。次、XとYは1枚に2カ所ずつ。Zのは、申請書と副本で計4カ所。
"英二、これ、コピーしてくれ。おっと、いつもみたいに指紋つかんように軍手でもはめとけよ。コピーのほうは法務局に残るからな。おまえ、交通違反して指紋採られ取るから、そこから足がつかんとも限らんからのお。"
英二がコピーしたのは、印鑑証明書であった。池田はコピーのほうに「原本還付」「本書は原本と相違ありません」というスタンプをポポーンと勢いよく付くと、代理人Zの名を書いてからZの三文判を押した。
池田はAの印鑑証明書原本を法務局から還付してもらうつもりのようだ。後に所有権移転登記申請に必要だからである。Aの戸籍付票や住民票は敢えて還付手続をとらない。もう使用することはないからだ。下手にそんなものを手元に置いておいては、万が一のときにはまずいことになる。証拠隠滅とまではいかないが、少なくとも身近には置かないほうがよいとの判断である。
池田はB4で出力した紙を手袋をはめて二つ折りにすると、書類を整理し始めた。所有権登記名義人表示変更登記申請書、委任状、戸籍付票、住民票を順に重ねてホッチキスでパチン。申請書の左下には千円の収入印紙をペタリ。印紙による登録免許税の納付である。この印紙には消印を押してはいけない。消すのは、法務局の仕事である。
次に、抵当権設定請求権仮登記申請書、委任状、印鑑証明書のコピーを重ねてホッチキスをあてた。こちらにも千円の収入印紙を同じように。残ったのは3枚。各申請の申請書副本と印鑑証明書原本。住所変更のほうは、ホッチキスで束にした申請書類に副本をクリップで留めた。抵当権の仮登記のほうは、副本と印鑑証明書をまずホッチキスで綴じてから、これを申請書の束にクリップで留めた。
申請書副本は登記済印を押して法務局が申請人またはその代理人に返却すべきもの。だから、申請書といっしょにホッチキスで綴じるといちいちはずさないといけないので、クリップで簡易に留めておくわけである。印鑑証明書も原本と相違ない旨の認証をしてコピーを添付しているので、副本といっしょに返ってくることになる。
"よっしゃ、ついにでき上がりや。こういうふうにして出すんを、よう覚えとけよ。"
"アニキ、何とも素早い手さばきでんな。ほんま、感心しますわ。"
"あと、これで最後の最後や。"
池田は朱色の赤鉛筆を手にすると、申請書の右肩に数字を書き始めた。住所変更のほうには「②ー1」、仮登記のほうには「②ー2」と。
"何でんのアニキ、それ。"
"これはな、「連件申請」のしるしや。"
"れ、れ、れんけん?"
"②は計2件の申請ていう意味や。だから、「②ー1」は2件のうちの1番目。「②-2」は2件のうちの2番目っちゅうこっちゃ。今回の申請ではAの住所変更の登記申請が必ず先にこなあかんからのお。まあ、順番に提出したら今回はええだけのことやけど、こうして出したるほうが、法務局に対しては親切やろな。ただ、必ずこれを記載して連件やと示さなあかんこともある。添付書類を前と後ろの申請で使い回すような場合や。連件やないと、この使い回しは認めてくれんのや。まあ、おまえには難しい話やろけどな。"
"アニキ、もう、頭、十分にパニクってますわ。"
"ほな、英二、堺に向かうで!"
長くなりそうなので、今日のところはこれで終了。続きは、明日のことに...。.
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2013年11月 4日
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四五、仮登記の意義
"そらまあ、こんなこと、一から勉強するんは難しいかもしれんが、常にこのやり方でいけばええだけのことや。日付や住所、名前とかを打ち替えたら済むこっちゃ。
ところで、英二、本登記にせんと仮登記にしてるのには大きな意味があるけど、わかるか?"
"ご冗談を、アニキ、そんなもん俺がわかるわけおまへんがな。"
"これは大事な話や。よう頭の中にたたき込んどけよ。保証人になるためには何らかの形で登記を受ける必要がある。仮登記だろうが、本登記だろうが、どっちでも構へん。ただ、抵当権設定の本登記やとAの権利証がいるんや。俺らはAの権利証がないからこそ、保証書でやろうとしてんのに、これやったら意味があれへん。仮登記やと、この権利証がいらんのや。Aの印鑑証明書だけでいけるところに意義があるんや。それと、登録免許税も安なる。本登記やったら債権額の0.4%で12,000円やが、仮登記やと不動産の筆数分につき1,000円やから、今回は1,000円で済む。まあ、これは別問題で、いちばんは権利証の要不要や。ああ、それと、抵当権設定のときの債務者はあかんで。債務者として登記を受けても保証人にはなられへんからな。まあ、これは余談やけどな。"
"なるほどアニキ、ほんならAのヤツは自分の土地をパクられるために、XとYのオッサンふたりに、保証人になるための資格をわざわざプレゼントしたることになるわけでんな。"
"まあ、そういうこっちゃ。"
"善は急げや。もうちょっと書類作ったら、堺の法務局に行くで。英二、X・Y・Zの三文判を百均で買うてきてくれるか。"
池田は、またパソコンに向かった。そして、もう一つ、登記申請書を作成し始めた。所有権登記名義人表示変更登記の申請書である。Aの登記簿上の住所は、いまだ「大阪市橋本区特別町1丁目24番8号」。抵当権設定の仮登記を申請するためには、その前に住所変更の登記が必要となる。Aの印鑑証明書に記載された住所は、「広島市南区○○○○」。よって、同一人物であることを証明すべく、印鑑証明書上の住所と登記簿上の住所を一致させなければならないのだ。それには、大阪市橋本区から広島市南区までの履歴をすべてつなぎ合わせる必要がある。これを「沿革をつける」と表現するが、池田はそのための書類を既に手にしている。数日前、「捨て駒1号」に戸籍付票を取らせているから、大阪市橋本区からAが済む広島の西区までの沿革は、それでOK。広島の西区から南区までは、住民票が証明してくれる。できあがった登記申請書は、こんなものだった。
登記申請書
登記の目的 所有権登記名義人表示変更
原 因 平成○○年○○月○○日住所移転
変更後の事項 住所 広島市南区○○○○
申請人 広島市南区○○○○ A
添付書類 申請書副本 代理権限証書 変更証明書
平成○○年○○月○○日申請 大阪法務局堺支局
代理人 大阪市○○○○ Z
登録免許税 金壱千円
不動産の表示 堺市○○弐丁目○○番 宅地 弐六五.㎡壱四
次には委任状の作成にとりかかった。2つの登記申請を代理人がするという建前を取っているからだ。もちろん、代理人の住所・氏名はでたらめ。まず、Aが実在しないZに、所有権登記名義人表示変更登記申請を委任。もう1枚、AとX・YがZに抵当権設定請求権仮登記申請を委任。A、X、Y、Zの住所・氏名をすべて打ち込み、あとは印鑑を押すだけでよい状態にして終了。法務局は申請人の自署を要求してはいない。法務局としても、それが本人の自筆かどうかなど、「サイン証明」を添付しないかぎりチェックするすべもないからだ。
長くなりそうなので、今日のところはこれで終了。続きは、明日のことに...。
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2013年11月 3日
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四四、登記経験者
"ええか、英二、おまえに探してもろた2人は、保証書に記名捺印する保証人や。なんで保証書を作成するか言うたら、こっちにはAの土地の権利証がないからや。Aから名義を移そうにも、所有権移転の登記申請にはAの印鑑証明書と権利証を添付せなあかん。印鑑証明は取れたけど、権利証だけはどうにもならんのや。まさか、Aの家に泥棒に入るわけにもいかんからのお。同業者の中には権利証を偽造するようなやつらもいてるけど、俺はその手は使わんのや。法務局は登記のプロや。下手なモン作ってバレたら、それでジ・エンドやからのお。で、権利証をなくしてまうようなヤツもおるから、そういうヤツのために保証書で代用する方法が認められとるんや。たしかにこの人、すなわちAに間違いないと保証したるわけや。ただ、保証人は誰でもなれるわけやない。未成年者はあかん。それと、登記を受けたことのある人間だけや。つまり、登記経験者だけがなれるというわけや。2人いる。前は同じ法務局の管轄内にある不動産で登記を受けたヤツに限られとったんやが、今は日本全国どこの不動産でも構へん。どないや、ここまではわかるか?"
"え~と、権利証は必ずいる。ない場合は、保証書でもええ。保証するんは大人2人で、登記ちゅもんを受けた経験者でんな。"
"おう、そうや、バッチリやないかい。ほんなら、もういっぺん訊くで。俺が法務局に出そと思て、作った書類はどんなもんや?"
"あっ、そうか、アニキ、保証人は登記経験者やないとあかんから、あのオッサンらを経験者に仕立てあげるわけでんな。"
"おう、なかなかおまえも飲み込めてきたがな。"
"で、アニキ、どういうふうにするんでっか。"
"どんな不動産でやってもええんやけど、結局はまたその不動産を持っとる人間の印鑑証明がいりよる。これでは、またおんなじ手間がかかるから遠回りや。そんで、こっちにはAの印鑑証明があるわけやから、それを使わん手はないいうこっちゃ。ほれ、これが申請書や。よう、見てみ。"
紙1枚を手渡された英二は、読みにくそうに目をやった。漢字だらけで、縦書きであったからだ。中身はこんなだった。
登記申請書
登記の目的 抵当権設定請求権仮登記
原 因 平成○○年○○月○○日金銭消費貸借同日設定予約
債権額 金参百万円
利息 年四.五%
債務者 広島市南区○○○○ A
権利者 大阪市○○○○ 持分弐分の壱 X 大阪市○○○○ 持分弐分の壱 Y
義務者 広島市南区○○○○ A
添付書類 申請書副本 印鑑証明書 代理権限証書
平成○○年○○月○○日申請 大阪法務局堺支局
代理人 大阪市○○○○ Z
登録免許税 金壱千円
不動産の表示 堺市○○弐丁目○○番 宅地 弐六五.㎡壱四
"アニキ、これを法務局に出せば、XとYのオッサン2人の名前が登記されるというわけでっか。"
"そういうこっちゃ。要は何でもええから、名前が出たらええんや。この場合、XとYは抵当権設定請求権の仮登記権利者になるわけや。AはXとYから300万のカネを借りた。担保は、Aの不動産や。但し、本登記やのうて仮登記や。"
"なんや、難しい話でんな。俺、地面師になる自信、なくなってきましたわ。こんな難しいモンも自分で作らなあきまへんのやろ・・・。"
長くなりそうなので、今日のところはこれで終了。続きは、明日のことに...。
【 不許無断複製 禁無断転載 】
2013年11月 2日
地面師【パート1】の掲載は、2010年6月28日のことであった。思えば、3年と4カ月が閃光のごとく過ぎ去ったわけである。いつしか、前回までで【パート46】までになっている。このシリーズの記事を書くたびに私は常に【パート1】までさかのぼり、直近のものまで通読をしてきた。話の整合性を保たねばならないからだ。
ストーリーの創作というのは、実にパワーを要する作業だ。無から有を産まねばならないからだ。誰も助けてはくれないし、手伝ってもくれない。まさに、孤立無援なのだ。とはいえ、逆にそのほうが気が楽だという考えがなくもない。他人さまの了解を得たり、指示を仰いだり、命令や指摘を受けたり、などという煩わしさが何もないからだ。ただ、自分の思いつくままに書けばよいのである。
本来のストーリーから脱線して、なぜにこのようなことをつらつら書いているかというと、自身を鼓舞するため。迷うな、ためらうな、考えすぎるな、ウケようとするな、・・・・・・・と。そんなふうに自分を励まさないと先に進めないのだ。
ここまで量が増えてくると、私自身読み返すのが億劫になってきているから、お題を並べてみよう。本の目次を眺めて、その内容を思い出そうとするのに似ている。
一、何でここに家が建ってんねん!!
二、何で売買されてんねん!!!
三、厄介なことになったな!!
四、遊休土地パクリ作戦
五、「捨て駒」の面接
六、借家やったわけやな
七、聞き込み
八、地面師によるプロファイリング
九、地面師によるプロファイリング(その2)
十、旧友との再会
十一、Aの長答
十二、Aの内心
十三、田中夫妻の不安
十四、平野弁護士への相談
十五、弁護士への反抗
十六、橋本区役所への出頭
十七、交付されたAの戸籍付票
十八、エキストラへの演技指導
十九、初めの第一歩
二十、おとぎ話のような池田の話
二一、いざ、広島!
二二、甘いのお、やっぱりおまえは!
二三、高石先生と平野先生
二四、スケープゴート
二五、奥さんの動転
二六、奥さんの号泣
二七、田中夫妻の安堵
二八、善後策協議
二九、Aの在籍確認
三十、空き家探し
三一、Aの転出と転入と印鑑登録
三二、待ち人来たる
三三、交付されたAの印鑑証明書
三四、建物収去土地明渡請求と所有権移転登記抹消登記請求
三五、訴状の提出
三六、不動産屋への電話
三七、不動産屋への攻撃
三八、横島のいらだち
三九、横島と荒井の再会
四十、荒井の反撃
四一、瓜住建への来訪者
四二、専属専任媒介契約の締結
う~ん、かなり頭が整理され、記憶が蘇ったようだ。よし、少しずつ次の展開がひらめいてきている。では、明日から続きを...。
2013年10月31日